講座(4)『修証義』の教え㉒

仏の教え

「懴悔滅罪」のつづき

【本文解説】
 このように仏前にて懺悔出来るならば、必ずや前向きかつ直向きな心構えが養えるでありましょうし、また仏様や祖師方の励ましの心も感ずることが出来るはずです。
 であるからこそ私達は尚更に、身心を尽くして仏様の前で懺悔し、己が心と真摯に向き合い、本来の面目を明らかにしなければならないのです。
 とかく人は皆、それぞれの人生で培ってきた立場や環境、また役目や能力等の衣を重ね着するがあまり、それらの中にあるべき、本来の自分自身を失念することもあるようです。
 あるいは菩提寺に上山され、仏様や御先祖様に心を馳せながら、仏の教えを見聞するということは、とりもなおさず、世間を渡るための仮りそめの甲冑(かっちゅう)を脱して、自身の内面と対話することに他なりません。
 人生の大事な節目に際して一念発起し、仏前にて懺悔して、本来の自分自身と対面するところから発心(ほっしん)し、自他を含め、今まで気づかなかった物の見方や考え方、反省点、解決すべき道等、さらに深く心構えが養われるでしょう。
 以上までが第2章「懴悔滅罪」(さんげめつざい)の解説となります。次からは第3章「受戒入位」(じゅかいにゅうい)へと、内容が移ります。 つづく
                                  
西暦1500年以前に正安寺が在していた内山の苦水(にがみず)地区、現在は旧跡として石碑が建立されている。